SPECIAL
OUTLINE 概要
「ファイルネームについて」の最終回。
データの管理やバックアップなど、取扱いのルール決めが必要かもしれません。
なかなか難しいテーマです。
2019年7月23日収録。
SECTION.1 制作中のバックアップ
千阪 邦彦
マスタリングにお渡しする場合も、録音が96kHz/24bitとか32bit floatなら、その状態でエディット/ミックス、トラック・ダウンしてお渡しするということですね。 僕はMAが多いので、よかれと思って96kHz/24bitでお渡ししようとするのですが、逆にちょっと嫌がられるケースがあるのです。
下川 晴彦
映像に付ける場合だと、48kHz/16kHzが多いね。
千阪 邦彦
最後の質問は「バックアップについて」です。皆様のお仕事はファイナル・ミックスを作りマスタリングに渡す、というところで終わりです。その時、PCなりHDDには作業中にバックアップしたものが残っていると思います。それらは、どのように扱っているのでしょうか。
川澄 伸一
作品に関わるデータについては、クライアントに渡して発売されたら、基本的には持っていてはいけません。
北川 照明
僕もその気持ちで消去したいのですが……持たされるけどね。
山口 照雄
私はクライアントに対して「作品が発売されたら100%消します。その後、私のところに問い合わせても、お渡しした以外のものはありません」と伝えています。
川澄 伸一
どこかに残していることはないんですか?
山口 照雄
もちろん、もちろん。CDが発売されたら「良かったー」って、どんどん消していきます。そうしないと、後々面倒なことになる。だって、普通に考えれば、納品したレコード会社にあるはずですから。
下川 晴彦
そのはずなのに「ありますか?」ってね(笑)
山口 照雄
一つ心配なのはクライアントがレコード会社じゃない場合、アーカイブをどうしているか、そこがわからないこと。
川澄 伸一
たしかにそれは怖いですね。
千阪 邦彦
僕はテレビCMの仕事がメインなので、1年くらい経ってから「すみません。あのCMが人気で、新バーションを作ることになりました。そこで、あの音楽のデータはまだありますか?」と言われる事がとても多いんですね。だから「私は1年しか持ちません」と担当者に伝えています。そうやって伝えているのに、問い合わせがとても多い。
北川 照明
かつては、レコード会社に録音課があって、そこがマスターを全部管理していました。それが、いま管理している媒体はサーバーになった。管理している音源が必要になったとき、どうしているのか聞くと、音源の入ったハードディスクだけを渡されるそうです。昔はトラック・シートなど紙の記録があったわけだけど、今は開けてもわからない部分がある。そうすると我々エンジニアを頼ってくる。 これはかなり前からの問題で、会社を辞めて5年くらい経っても、「あのアーティストのマルチ・テープは、どこにあるか知りませんか?」って何度も電話が掛かってきましたもの。デジタルになってからは「家にバックアップがあるよ」なんて言ったら、それこそ大変。「この世にはマスタリングを終えたマスターしかありません」という管理方法が徹底していれば良いんだろうけどね。
山口 照雄
先日、たまたま10年くらい前のPro Toolsのデータが出てきたので、今のPro Toolsで開いたら音が出なかった。レコード会社はどういう保存をしているか、我々もわからないんですよ。
北川 照明
アナログテープと違って、ハードディスクの場合は、永久的に使えるものじゃないよね。
山口 照雄
誰かレコード会社の保存方法を知っている人はいますか?
川澄 伸一
基本的にレコード会社は、マスタリングを終えたマスターとトラック・ダウンを終えたファイナル・ミックスを保存しているはずです。
吉田 保
保存については、いまはサーバーだろうね。
川澄 伸一
そうですね。制作が終わったものに関しては、オーディオ・ファイルの頭を揃えて一本化して、保存しています。
北川 照明
結局、いまはバックアップをどこまで残すか、という判断は人によるんだよね。ただ自分で管理するというのも、プレッシャーはプレッシャーです。
川澄 伸一
そうですね。僕自身のバックアップは、今のところは良心と自分が困るかもしれないという保険の意味で残しています。でも、さきほどの山口さんの話じゃないけど、いつ作ったものでもきちんと再生できなければいけない。その環境を自分で保持していかなければならないとなると、ちょっとそこまではできない。
山口 照雄
お話を聞いていると、みなさん似たような経験をしていますし、エンジニアの対応もバラバラです。マルチ・テープの時代と違い、デジタル・データはコピーがいくらでもできます。完成したマスターやファイナル・ミックスの保存について、日本レコーディングエンジニア協会とレコード会社がきちんと話をしてルールを作らないといけない。また、昔のPro Toolsで作ったデータも、いまは簡単に開けません。その対応やマスターの扱いが標準化されれば我々も安心できると思うんですけれどね。
千阪 邦彦
独立系のレコーディング・スタジオでは、制作中のセッション・ファイルや納品したマスターは、どこまで管理しているんですか。
浜田 純伸
独立系のレコーディング・スタジオも、まさにみなさんが話している問題は常にあります。どのスタジオも「セッション・ファイルは、ハードディスクなどに保存して持ち帰り、次回改めて持ってきてください」と伝えているんですが、一部のディレクターは、完全にスタジオが持っているものだと思っていて一切持って来ない。でも、データがないと怒られちゃう。だからと言って、スタジオがサーバーで管理するとなったら、セッション・ファイルに問題が出た時、責任は誰にあるのか。もちろん、会社として責任が取れません。それぞれで録ったり、ミックスしているものは、スタジオのものではないですから。 もう一つ、「持ってきたハードディスクのデータ欠落についても、スタジオでは責任を取れません」と伝えています。その場では、わかったと理解されても、いざデータに問題があったら「なんでスタジオにないんだ」って言われちゃう。矛盾しているんですけれど、それはサービスとしてやらざるを得ない。そこで、部屋毎にケースを作って、大容量のハードディスクを入れるようにしました。ただ容量の少ないものについては、いいのですが、96kHz/24bitで劇伴を録るとなったら500GBとか、下手すると1TB近くになります。そういう場合は、プロジェクト毎に管理しています。
千阪 邦彦
バックアップの保存期間は、そのプロジェクトが終わってクライアントにお渡ししたら終了と言うことで、データは全部消すのですか?
浜田 純伸
“念のため”となりますが、バックアップについては結論が出せないんです。
山口 照雄
どのスタジオも、しっかりと「保管期間を過ぎたらないよ」と言っておかないとね。私はディレクターをきちんと教育しています。「必ず前回のデータが入ったハードディスクを持ってきて。忘れても責任を取れないよ」とね。だけど、どんなに言っても10人に1~2人くらいは手ぶらでくるんだよ。それは頭にくるよね。誰が責任を持つのか。そこは少しずつ理解してもらっていくしかない。 レコーディングが終わった時に、「ハードディスクをください」と言ったら「ああ、すいません」って出してくる。それが普通になれば、スタジオも我々エンジニアも安心して仕事ができる。
浜田 純伸
まさに。
山口 照雄
その辺、エンジニアもきちんと言わないといけない。
北川 照明
私は最終日にスタジオさんに「お疲れ様、一応、ファイナル・ミックスは1ヶ月くらい残して置くんだよね?」みたいな。なんとなくだけど、話はします。
山口 照雄
デジタル・データって悪意があればスッと抜き取る事もできるんですよ。
下川 晴彦
そうですよね。
山口 照雄
スタジオはプロテクトがしっかりとしているからできないと思うけれど、悪意があれば盗られる可能性はゼロではない。
千阪 邦彦
海外のビッグ・アーティストは、制作中のデータ流出が怖いので、ホテルの1フロア全部を借りて、そこで制作するという話も聞きます。多分、セキュリティを考えているんでしょうね。
吉田 保
海外はプロデューサー&エンジニアが多いから、データを持っている場合もあるだろうね。
川澄 伸一
その場合でも、データ保管について契約書があるでしょうね。日本もそこまで徹底しないといけないのかな。
下川 晴彦
ゲーム会社の仕事をすると、一般的なファイル転送サービスを使っちゃダメと言われる。データのやり取りは、専用線でのやり取りとなる。
吉田 保
日本のレコード会社は「普通のファイル転送サービスで送ってくれ」と平気で言うからね。それで良いのかよって。
下川 晴彦
うーん、ちょっと気にしたい所ですね。
山口 照雄
セキュリティを含めて、現場に則したデータの取り扱いや、万が一の責任はどこがとるのか。なるべく早く対応したいところです。
吉田 保
ありがとうございました。
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第2回座談会は「ファイルネームについて」をテーマとしましたが、
次回、第3回座談会はマスタリングエンジニアをゲストに迎え、
引き続き「ファイルネームについて」をテーマに話をします。
お楽しみに。