SPECIAL

OUTLINE 概要

ハイレゾ用マスタリングの話。
フォーマット、レベル、CD用との違いなど。
ゲスト:安藤義彦氏(サウンドイン青山スタジオ)、上田佳子氏(キング関口台スタジオ)、田中龍一氏(ミキサーズラボ/ワーナーミュージック・マスタリング)
2019年8月29日収録

SECTION.1 増加するハイレゾ音源のマスタリング

吉田 保

ハイレゾ配信もある今どきでも、48kHzで作っている曲はいっぱいありますよね。

田中 龍一

そうですね。いまでも48kHzでミックスした作品は多いですね。96kHz環境で作るとなると、コストが結構かかりますからね。

千阪 邦彦

田中さんが、作業しやすいサンプリング周波数というのはありますか?

田中 龍一

いまの私の環境で、という点で言えば、48kHzになりますね。

千阪 邦彦

ハイレゾ音源は、明らかに音が違いますか?

田中 龍一

音楽の種類にもよりますが、素がハイレゾでも結局はCDマスタリングの場合、最終的にはCDの44.1kHzに変換しますし、私はその44.1kHzに変換後の音をモニターしながらマスタリングするので、特別に音が違っていると感じた事は少ないですね。

吉田 保

最終形はCDだから44.1kHzになるけれど、レコーディング/ミックスは96kHzで作りたいという事が僕の考え方かな。だから、96kHzでファイナル・ミックスまで仕上げて、それをマスタリング・エンジニアに渡す事が多い。

田中 龍一

最近はハイレゾのマスタリングも増えました。メーカーサイドからも96kHzで欲しいという要望があります。それはそれで良い事だと思います。

吉田 保

レコード会社によっては、マスターのフォーマットを決めているところもありますね。テイチクやソニーは納品するフォーマットは96kHzに決めています。

田中 龍一

テイチクは、セッションからミックス、マスタリングまで96kHzですね。

千阪 邦彦

マスタリング時に、配信用、CD用など、メディアそれぞれの個性に合わせて、音色や音圧レベルをリクエストするディレクターやアーティストはいらっしゃいますか?

上田 佳子

それはありますね。「CD用とハイレゾ用を作りますが、じゃあ、何をメインにしていますか?」という相談をしてからマスタリングに入る場合もあります。ただ、いまもCDをメインに考えている方が多く、CD用、ハイレゾ用という2パターンを作ることが多くなっています。

吉田 保

CD用とハイレゾ用では、まったく別物になる場合もあるね。

上田 佳子

そうですね。元々が96kHzでも、メインはCD用ですから、まずはCDの方向性を保ちつつ、手直ししていきます。それから96kHzのハイレゾ用マスタリングをする事になるんですが、まったく音が違います。ですから、CD用に音処理したものを、そのままハイレゾ用にしただけでは、ちょっと無理矢理感が出てきます。

千阪 邦彦

配信用の圧縮音源をマスタリングする際に、なにか工夫されたりしますか?

上田 佳子

最近、私のところには「圧縮するので、そのためのマスタリングをお願いします」というリクエストが無くなってきています。お二人はいかがですか?

安藤 義彦

私は逆に配信用のみをマスタリングして欲しい、という仕事は増えてきていますね。その時CD用に比べて、トゥルー・ピークまでいかないように少しだけ抑えることがメインになっているという気がしています。もちろん、CD用、配信用ともにトゥルー・ピークが出ないようにするのは同じですが、圧縮された時に歪みやすいポイントがあるんですね。その歪みが生じないようにマスタリングする事は多いです。

田中 龍一

僕はフォーマットを意識してマスタリングをする、ということはあまりないですね。CD用にマスタリングしたのちに、ハイレゾも、という場合があります。その時は、とりあえずクライアントに、CD用のパラメータでハイレゾを聞いてもらい、問題なければほぼそのままハイレゾを作成します。ハイレゾを作成する際に気にするところは、レベルを突っ込み過ぎないように気をつけることぐらいです。

千阪 邦彦

トゥルー・ピークの処理は、どのようにしていますか?

田中 龍一

トゥルー・ピークについては、Appleが定める“Mastered for iTunes(現在はApple Digital Masters)”というApple MusicやiTunes用に、圧縮してもあまり音質が変わらないように提出音源を作成するという推奨基準があります。これはトゥルー・ピークをメインに考えたもので、配信用にしても、CD用にしても、基本は同じ音源から作っています。また、96kHzのハイレゾ音源があるなら、それで納品します。WAVの状態でトゥルー・ピークが出ていなければOKということではなく、AAC変換後もトゥルー・ピークを出さないように伝えられます。

吉田 保

“Mastered for iTunes”は許可制でしたっけ?

田中 龍一

はい。Apple社が指示する方法で、マスタリングをして作った音源をやり取りしながら、向こうからの意見を聞いて取得に至ります。ただ完全に準拠するようにマスタリングすると、レベル的には通常のマスタリングよりも、ほんの少し下がります。

吉田 保

WAVからAACに変換すると、トゥルー・ピークは違ってくるんですか?

田中 龍一

だいぶ違いますね。ピーク値はサンプリング変換した場合もそうですし、圧縮をかけた場合もそうですが、トゥルー・ピークは変わります。それを見越して、“Mastered for iTunes”用はある程度レベルを下げて作成します。

中村 文俊

私の経験ですが、トゥルー・ピーク-1dBでWAVを作ったとして、それをAACやMP3に圧縮するとピークが出てくることもあります。WAVで1dBも落としたのになぜ? ということがありませんか?

吉田 保

-1dBでも、圧縮するとピークが変わる時はあるんですか。

安藤 義彦

あるメーカーが音楽配信を始める時、私も関わりましたが、CDの音圧レベルから1.5dBから2dBくらい下げないと、AACエンコードで必ずレベルオーバーしてしまう音源がありました。そこで、配信用のマスターはWAVで1.5dBから2dB下げたものとする、という決まりができました。

吉田 保

その値だと、聴いて受ける印象はかなり違うよね。

田中 龍一

そうですね。

吉田 保

それをリスナーは気付くか気付かないか。「なんかこの曲、音が小さいな」と思う事があるかもしれないね。