SPECIAL
OUTLINE 概要
JAREC著作権セミナー「アメリカの音楽近代化法と今後の動向」第4章(全9章)
日 時:2020年2月21日(金)16:00~18:00
場 所:東放学園音響専門学校・渋谷校舎 3F3A1教室
講 師: 安藤 和宏氏/東洋大学法学部教授
内 容:1. 音楽近代化法の解説
2.日米における音楽著作権の相違と留意点
3.今後の動向について
SECTION.1 第4章
安藤:ここから、おそらくサウンド・エンジニアの皆さんが最も関心があると思われる“AMP Act(Allocation for Music Producers)”の話をします。Allocationは“割り当て”という意味でして、音楽のプロデューサーやミキサー、サウンド・エンジニアにも使用料を割り当てましょうという意味で使われています。
先ほどお話ししたように、アメリカには著作隣接権制度はありません。これは連邦憲法の制約によるものです。連邦憲法の1条8項8号にこういう条文があります。“連邦議会は著作者および発明者に対し、一定の期間に限り、それぞれの著作(writings)および発明(invention)に対し、排他的権利を保障することによって、学術および有用な技芸の進歩を促進する権限を有する”。これを特許・著作権条項といいますが、著作法も特許法もこの条文に基づいて制定されています。
この条文に“著作(writings)”と書いてあるので、著作権の保護対象は固定された著作物に限定されてしまいます。したがって、連邦著作権法では、生の実演(live performance)を著作権で保護できないのです。著作はwritingsなので、書物を想像する方も多いと思いますが、テクノロジーの発展に伴い、著作物の範囲はかなり広がっています。たとえば、映画、録音物、コンピュータ・プログラム、テレビゲームも著作(writings)として、連邦著作権法の保護を受けることができます。
ただ、さすがに生の実演は固定されていませんから、writingsだとは言えません。著作物として保護を受けるためには、固定されていなければいけない。アメリカでは、この固定性が著作物の成立要件になっています。したがって、このセミナーの講演も著作権法では保護されません。なぜなら固定されていないから。でも、この講演を録音すると、固定性の要件を満たすので、著作権法の保護対象になります。ただし、TRIPS協定を批准するために、アメリカは連邦著作権法に生の音楽実演の無許諾の固定や取引を禁止した条項(1101条)を入れています。当時、アメリカでは、実演は特許・著作権条項が要求する固定性の要件を満たさないため、憲法違反のおそれがあるという批判が起こったそうです。
では、音楽ビジネスにおいて、何が保護対象になっているかというと、音楽作品(musical works)です。さらに原盤(sound recordings)は固定されているので、「録音物=著作物」として保護します。アメリカには著作隣接権がありませんから著作権で保護します。とても面白いですね。
ここで素朴な疑問が出てきます。著作隣接権制度のないアメリカでは、実演家はどのような法律の保護を受けてビジネスしているのかという疑問です。連邦著作権法は、基本的には固定された実演を保護しています。しかし、一部の実演は保護しませんよとなっている。そのため、アメリカの実演家は自分の利益を確保するために、他の法律を最大限に駆使します。まずは契約法です。たいていの場合、実演家は映画、舞台、ミュージカル、コンサート、テレビドラマのプロデューサーの依頼を受けて、実演をするわけです。その際に、実演家は必ず出演あるいは実演の契約を交わします。ここで最大限、自分に有利なように契約を結べば、契約法で自分の利益を確保できるわけです。そのため、アメリカの実演家はほとんどの場合、契約交渉を弁護士に頼みます。そうじゃないと自分を守れませんから。日本は契約書の中身も見ずにサインする人がいますが、アメリカではそういう人は稀です。下手にサインして不利な契約を結ぶと、あとで後悔します。作品が大ヒットしたのに、収入が全然入ってこないことだってあり得ます。だから、アメリカのアーティストは、日本に比べてとても契約に対する意識が高いです。
次に、州法によるコモン・ロー・コピライト(common law copyright)による保護を受けることができます。つまり、実演の保護ですね。州法は連邦憲法の特許・著作権条項の制約を受けないので、実演を保護することができます。なので、撮影されたり、記録されたことがない振付けや即興のスピーチ、生放送、寸劇、大学の講義、口頭でのインタビュー、ジャズの即興演奏などは、州法によるコモン・ロー・コピライトで保護されます。したがって、有形物に固定されていない実演はコモン・ロー・コピライトの保護対象となる可能性があります。そして、パブリシティ権(right of publicity)による保護があります。「私は有名だから、私の顔や私の声を利用するんでしょ? だったら使用料をよこしなさいね」となります。
そして、連邦法のランハム法ですね。ランハム法は、日本の商標法と不正競争防止法を合わせたような法律です。「私の顔や声を使ってコマーシャルを作ると、私が推奨していると勘違いしちゃうでしょ。それはダメですよ。」こういうケースはランハム法で行けるんです。
最後に労働協約です。日本では、「予算がないから、これで勘弁して」「次回のレコーディングで穴埋めするから今回はこれでお願い」なんていう交渉が頻繁に行われています。しかし、アメリカでは労働協約で実演家の労働条件や最低賃金が細かく決められています。アメリカには労働者を過酷な労働条件や低賃金から守ってくれる労働協約があるため、実演家は一定の労働環境の下で、安心して実演を提供することができます。一方、日本は実演家の労働環境は過酷です。深夜まで仕事をする場合もあるし、多くの場合、最低賃金も設定されていない。音楽だけでは生活できないミュージシャンがたくさんいます。アメリカでは、労働協約が交渉力の弱い実演家を守っているのです。ここも制度的に面白いところです。
アメリカは「著作隣接権制度がないアメリカは、日本よりも劣っている」と思う人がいるかもしれません。しかし、アメリカの方が他の国よりも実演家が保護されている面があります。私も日本に比べて、アメリカの実演家の方が保護されていると思っています。
次に、Sound Recordingについてお話しします。第1章でも言いましたが、「Sound Recording=録音物」なので、これは著作権法で保護されます。著作権法101条に規定がありまして、日本の“原盤”の取扱いとほぼ同じです。そこで、誰がSound Recordingの著作権を持つのかということが問題となります。保護の主体という問題ですね。アメリカでは、Sound Recordingを著作権で保護するので、著作者は誰かということになります。残念ながら、著作権法には定義規定がありません。しかし、下院報告書には次のように書かれています。「録音物において著作権の成立する要素の中には、その実演が収録されている実演家による著作者性の部分と、レコーディング・セッションを計画したり、音声の録音や電子的処理や最終商品に完成するための編集をしたりするレコード・プロデューサーによる著作者性の部分があるのが普通である」。
日本にもプロデューサーという肩書の人はいます。しかし、アメリカのプロデューサーは、日本の一部のプロデューサーのように、全然レコーディングに来なくて、現場に来ても「後はよろしく」といって、スタジオを出ていくような人ではないです。現場で一生懸命、曲のセレクト、アレンジャーやミュージシャンの選定、レコーディング・スタジオの手配、歌唱・演奏のディレクションまでやる人です。本当の意味でのクリエイティブ・プロデューサーですね。上記の下院報告書は「実演家とプロデューサーの共同著作物だよ」と言っているんです。
原盤権に関する話では、みなさん、この下院報告書を引用するんですが、アメリカの音楽ビジネスを解説する本も参考になります。その中で一番スタンダード、いわば教科書のように読まれている『This Business of Music』という本があります。私は初版から買っているんですけど、最新版は2007年の第10版です。この13年前に発行された最新版と、その前の版とで異なる部分があるのかを比べてみました。私も暇ですね(笑)。そこで面白いことを見つけたんです。
なんと最新版である第10版に「稀なケースではあるが、レコーディング・エンジニアも著作者として認められる」という文章が入っているんですよ。何版からかはわかりませんが、途中でその言葉が入ったんです。つまり、著者の認識がちょっと変わった。おそらく2007年頃に、レコーディング・エンジニアのクリエイティビティが公に認められたということだと思います。だから、「著作者の仲間に入れても良いかな」あるいは「もう仲間だよね」ということになったんです。普段の研究会ではこんなことを話しませんが、JARECでレコーディング・エンジニアの地位向上の啓蒙活動をしているみなさんが、きっと喜ぶと思いまして、お話ししました。「アメリカでは、エンジニアは著作者として認められているぞ。認められていると書いてある本があったぞ」と。“in the rare case is”という条件付きですが、みなさん、覚えておいて損はない話だと思います。