SPECIAL
OUTLINE 概要
マスタリングエンジニアをゲストに迎えての第2回。
ファイル・ネームや音圧レベルなど、ディレクターの理解も必要。
ゲスト:安藤義彦氏(サウンドイン青山スタジオ)、上田佳子氏(キング関口台スタジオ)、田中龍一氏(ミキサーズラボ/ワーナーミュージック・マスタリング)
2019年8月29日収録
SECTION.1 マスタリングの効率を上げるネーム付けとは?
安藤 義彦
ファイル・ネームに関して、私が気になっているのは、フォルダに“インスト”や“マイナス1”とよく書いていますよね。でも、ディレクターに「カラオケは、どれをマスタリングしましょうか?」と尋ねても、言葉の意味のわからない人が出てきている気がします。改めて、新人ディレクターにネームの意味を伝える必要があるのかもしれません。
北川 照明
吉田さん、日本レコーディングエンジニア協会(JAREC)に、専門用語のスタンダードはありましたっけ?
吉田 保
たぶんないと思うな。
田中 龍一
それならぜひ作ってほしいです。制作に関わる人で共通化すことで、とてもわかりやすくなります。
中村 文俊
最近のアーティストは、ヴォーカルをダブルで薄く敷いていることが多いんですが、ライヴなどで使うため、ダブルのヴォーカルだけ抜いたバージョン、ヴォーカルは全部抜いたバージョン、コーラスありバージョンと、いろいろなバージョンの制作を頼まれることがあります。それをディレクターにわたすとき、ファイルに付けてあるネームの意味を、毎回必ずディレクターに説明しています。ところが「この言葉はこういう意味です。これはこういう所で使って下さい」と説明するんだけど「はい、はい」というだけで、きちんと聞いているのか不安になります。大げさかもしれないけれど、生粋のディレクターがいなくなっちゃった。また、入れ替えも激しいから、制作で使う言葉や状況を、把握できていないのかもしれない。
吉田 保
とにかく我々に任されてしまう事も多い。ディレクターがイニシアティブをとって曲やアルバムに対して、どんな考えでどういうものを作りたいのか。そこがあやふやになっているからだろうな。
中村 文俊
レコーディングエンジニアも苦しいですよ。若いクリエイターが持ってくるデモは、すでにその段階で音圧レベルがすごく高い。レベルをつっこむ以前の問題が起きているのに、それを元にみんなが制作していく。そこで俺が後でマスタリングする事を考えつつミックスすると「デモの方が歪んでいるけど、ガツンとしていて良かった」なんて言われる。この乖離が一番辛い。
千阪 邦彦
いまどきのポップスだと、どれくらいの音圧レベルで作られたものを渡されるんですか?
上田 佳子
音圧レベルいっぱいまで入れてくるパターン、もしくは極端に音量が小さいパターンがあります。
千阪 邦彦
音量が小さい音源のマスタリングは、なんとなく工程を想像できますが、レベルの高いものをいただいた時は、どうされるんですか?
上田 佳子
まずはレベルを落とします。それから、EQで補正して、という作業がメインになりますね。ただし、アルバムでは他の曲との兼ね合いがありますから、その中の1曲だけレベルが大きいと、どうしてもつぶれ感が目立ってきちゃいます。
千阪 邦彦
どのくらいのレベルでもらえば、一番仕事をしやすいですか?
上田 佳子
私は普通にVUメーターが振れているくらいがちょうど良いですね。
吉田 保
ファイル・ネーム、音圧レベル、制作サイドもこういう事をわかってくれるといいね。
中村 文俊
私の経験ですが、理解している人は少ないですね。
吉田 保
他にファイル・ネームについて感じている事はありますか?
田中 龍一
僕はMacとWindowsの両方を使っているので、文字化け困ることはありません。ただ、ディレクターがファイナル・ミックスを送る際に、ただ転送してくるだけということもあるんです。そうすると、どれがOKテイクなのかわからないことがあります。他にも“ヴォーカル・アップ”などのバージョンも混ざってくる事もある。その時は、“ヴォーカル・ノーマル”をOKテイクと考え、優先してマスタリングします。とはいえ、できればOKテイクはわかりやすくしてほしいとは思います。
吉田 保
ネームでどれがOKテイクなのか明確にしてほしいと。
田中 龍一
はい。私が迷うのは、同じ曲の“コーラス入り”から“インスト”まで、何に使うのかわからないミックスをまとめて送ってくる事があります。立ち会いのときに確認すればいいことではあるんですけれど、予め情報としてあったほうが助かるという感じはしています。他に欲しい情報として、サンプリング周波数とビットレート。これも書いていただければ、ひと手間省けます。
吉田 保
立ち会いをしない人もいますか?
田中 龍一
ほとんど立ち会いですが、その時間の使い方には2パターンあります。当日持ってきて、その場で一緒にやり取りするパターンと、事前に送ってきて、ある程度こちらで仕込んでおき、立ち会い日で修正点があれば指示するパターン。最近は、後者の方が増えていますし、立ち会い時間も短くなる傾向にあります。
千阪 邦彦
サンプリング周波数やビットレートは、書いてあったほうがいいんですか?
田中 龍一
そうですね。書いていなくても大きな問題はありませんがアルバム等で複数のエンジニアで上げてきたミックスの場合、異なるサンプリングが混在することもあるので書いておいてくれたほうが助かります。