SPECIAL

OUTLINE 概要

配信で聴く曲ごとのレベル差の話から、古い音源をリマスタリングする話など。特にメディアがテープの場合は保管状態や再生機器などの問題も・・・。
ゲスト:安藤義彦氏(サウンドイン青山スタジオ)、上田佳子氏(キング関口台スタジオ)、田中龍一氏(ミキサーズラボ/ワーナーミュージック・マスタリング)
2019年8月29日収録

SECTION.1 ストリーミング配信の音圧について

田中 龍一

ストリーミング配信は、いろいろな曲を並べて聴けるので、特にレベル差の顕著な曲はたぶんわかるでしょうね。

吉田 保

うちの娘も「なんかこれ音が小さいんだよな」と言うんだよ。「うるせーよ、いろいろな事情があるんだよ」って(笑)。

中村 文俊

各配信先のプラットフォームで、レベルは一定になっているんですか?

田中 龍一

いわゆるノーマライズ(※音圧や音量の平均化)ですね。僕が知る限り、Spotifyは行っています。Spotifyアプリの設定で、ノーマライズのオン/オフができるようになっています。初期値がオンなので、オフにすれば、レベルは元のまま出ると思います。一時、Appleはラウドネス値でノーマライズするという話もありましたね。

吉田 保

ありましたね。結局どうなっているんでしょうか。(※2019年秋。AES NewYorkにてストリーミング・サービス全般に対して、ラウドネス値によるノーマライズについてセッション“The Loudness War is Over(If You Want It)”あり。今後、導入される可能性があります)

田中 龍一

Spotifyの他にも、YouTube Music、AWA、LINE MUSICなど聴き比べてみたんですが、ノーマライズ処理が掛けられていると感じた配信元はなかったですね。

安藤 義彦

私も音楽配信の立ち上げに関わった時、新しい曲とかなり古い曲を比べたら確実に落ちました。新しい曲に関してはそんなにレベル差はないと思いました。

北川 照明

レベルについては、以前に若いアーティストから「歌はトリプルです」と言われたので聴いたらほとんど同じバランス。カラオケなのにほぼ本人が歌っていました(笑)。

上田 佳子

私も6人グループのアーティストで、カラオケ制作の依頼が来たとき、-6とだけ書いてあって。「この-6ってなんですか?」と聞くと「ヴォーカルやコーラスなど全員の声を抜いたものです」と返ってきました。

吉田 保

もっと人数の多いグループもいるからね。「この曲のセンターは誰々」「ライヴ・バージョンはこれ」とか。

北川 照明

マスタリングは、大変リスクを伴う仕事ですね。レコーディングだったら、間違いがわかればその場の差替えで済むけれど、プレス工場に渡してできあがったものを聴いて「違う」という話になったら、とんでもない事になる。

吉田 保

そうだね。アルバムができてDDPマスター(※Disc Description Protocol。CDプレス用の納品フォーマット)に変換したら、1曲だけ差し替えるというのは簡単ですか?

上田 佳子

いえ、DDPは最初から最後まで1つのWAVファイルに入れるようなものですから、途中の変更はDDPを作る前まで遡らないと修正できません。また、Uマチックは、さすがにいまはどの工場でも受け入れてくれないと思います。そのためのプロセッサーがあるのでDDPに変える事はできますが、再生デッキの入手が厳しくなってきています。

吉田 保

SONYのPCMプロセッサー、PCM-1630はまだあるんですか?

上田 佳子

弊社に1台ありますが、壊れたら終わりなので、大切に使っています。

安藤 義彦

僕はつい2年くらいまで、あるメーカーさんの3/4(※Uマチックの別称。テープ幅が、3/4インチ[約19cm]なのでシブサンと呼ばれた)のアーカイブを請け負っていました。その時、有名なサントラが出てきたのですが、そのデータを取り出すのは大変でした。

上田 佳子

私も「倉庫を整理していたら出てきたのですが、再生できますか?」と持って来られた事があります。ただテープですからね。きちんと状態を整えてから使いました。

田中 龍一

私の会社では半年くらい前に最後のデッキがお亡くなりになりました。もしも3/4から起こすとなったら、知り合いのところにありますから、そこで再生します。

安藤 義彦

私が務めていた以前の会社は、PCMプロセッサーPCM-1630、デジタル・マスター・レコーダーDMR-4000、デジタル・テープ・アナライザーDTA-2000、が2セットあったのですが、1セットは手放しました。

田中 龍一

いわゆるプロダクション・マスターは、もうCDになっていますからいいんですけれども、気になるのはファイナル・ミックスですね。3/4が出始めた頃は、トラック・ダウンした音を3/4に直接落とした作品が結構あります。それで、最近ではリマスタリング盤を出すとか、ハイレゾを出したいという要望が増えてきています。ところが、探したら3/4しかなかった。それでハイレゾを諦めた作品もあります。

吉田 保

アナログのマルチで録っているのに、44.1kHzしかないと悩んじゃうね。

安藤 義彦

その後、90年代になると、今度はDAT(※Digital Audio Tape。1987年発売の小型カセットテープに、最大48kHzのデータを記録できる。業務用と民生用共にあり)マスターしかない、という作品もいっぱいあります。

岡部 潔

DATマスターもけっこう多かったですね。

安藤 義彦

「このDATテープから、録り込んでください」と頼まれても、テープの劣化が進んでいたりするので、デッキにかけるのめっちゃ怖いです。

上田 佳子

DATは、再生できなかったり、劣化の影響でエラーが出て、ノイズだらけになっていたり、状態はどんどん悪くなってきていますね。

安藤 義彦

テープが絡んじゃったら、おしまいですものね。

中村 文俊

この前、とあるアーティストがベスト盤を出そうと古い音源を探したら、マスターは誰も持っていなかったんです。確かに、会社が引越したり、スタジオ解体、場所を知る人が引退となんだかんだで、DATマスターはどこに行ったのかわからないアーティストもたくさんいるのが実情です。