SPECIAL
OUTLINE 概要
JAREC著作権セミナー「アメリカの音楽近代化法と今後の動向」第5章(全9章)
日 時:2020年2月21日(金)16:00~18:00
場 所:東放学園音響専門学校・渋谷校舎 3F3A1教室
講 師: 安藤 和宏氏/東洋大学法学部教授
内 容:1. 音楽近代化法の解説
2.日米における音楽著作権の相違と留意点
3.今後の動向について
SECTION.1 第5章
安藤:(第4章の話を受けて)みなさん「やったー!」とにこやかになっていますが、物事はそんなにうまくいきません。というのも、アメリカではレコード・レーベルが「録音物は職務著作物(work made for hire)だ」と言って、権利を独り占めにしてしまうんです。私はこれには納得がいかなかったので、「アメリカ著作権法における職務著作制度の一考察」という論文を書いて、厳しく批判したことがあります。
アメリカでは、レコード・レーベルが契約書に職務著作物の条項を当たり前のように入れてきます。権利帰属の条文に「アーティストはレコーディングのための歌唱・演奏を行い、当該歌唱・演奏が収録された録音物に関するすべての権利は、職務著作物としてレコード会社に帰属する」と書いてきます。レコード・レーベルはアーティストを雇用していると主張するわけです。しかし、レコード・レーベルとアーティストが雇用関係にあるというのは、大変疑問視されていて、アーティストは「独立の請負人(independent contractor)」と考えるべきという意見が多いと思います。だって、アーティストはレコード・レーベルの雇用保険に入っていないし、社会保険にも入っていない。報酬はロイヤリティーなので、毎月給料が支払われるわけでもない。「これがレコーディング費用です。これが印税です。」とお金が渡されるわけです。これで雇用関係にあるといえるのでしょうか?
このような疑問があるものの、レコード・レーベルとの契約書の中に、上記の条文を入れて、アーティストから著作権を取り上げてしまうんです。レコード・レーベルはアーティストに対して、レコードの売上枚数に応じて、印税を支払います。アメリカではレコードの小売価格の9%~25%が相場です(容器代が控除されますが)。一方、日本ではわずか1%~2%です。
みなさんは「なぜ、アメリカではこんなに印税率が高いのか」と疑問に思うかもしれませんね。これには理由があります。アーティスト印税が支払われるのは、レコード・レーベルが原盤制作費をリクープ(回収)した後です。アーティストは1枚目から印税が入るわけではないんですね。原盤制作費は、アーティストによりますが、だいたい1,000万円~2,000万円です。アメリカはもうちょっと高いかと思いますが、日本で2,000万円は、「おおっ」となるかもしれませんね。だから、レコード・レーベルは9%~25%といった高い印税率を設定できるんです。原盤制作費がリクープしないのに、最初から25%も払ったら、レコード・レーベルはやっていけません。
一方、日本ではアーティスト印税は1%~2%ですが、1枚目から印税を払います。原盤制作費のリクープ後ではないんです。そこが違います。でも、日本では原盤制作費がリクープしても、つまり、レコード会社が儲かっても、印税率は変わりません。リクープしたら、もっと印税率を高くしてもいいと思います。印税率を段階的に上げる方式のことをエスカレーションといいますが、日本の事務所やアーティストはあまり主張しないようです。エスカレーションの提案はほとんど話せば通るので、もったいないです。
さて、今回のセミナーでここからが一番大事なところです。すでに話しましたが、アメリカはプロデューサーがレコーディングにおいて重要な役割を果たします。日本でもプロデューサーを使うアーティストはたくさんいます。たくさんいますけれど、アメリカはプロデューサーが作品に関わる部分が多いのが一般的です。
また、アメリカではプロデューサーの力で、アーティストを売るというビジネス・モデルがあります。だから、有名なプロデューサーが音楽ジャンルごとにたくさんいます。なぜかと言うと、印税がしっかりもらえるから。一方日本ではほぼ買取り(buyout)です。日本で有名なプロデューサーであっても、印税率は高くて3%、相場は1~2%くらいでしょう。また、日本ではアーティスト自身がプロデュースする場合がある。だから、日本ではアメリカのような本当の意味でのクリエイティブなプロデューサーはそんなに多くはないです。
また、アメリカのプロデューサーは、自分でアレンジができたり、ミックスできる人も多い。割とサウンド・エンジニア出身のプロデューサーが多いからです。だから、作品に対する創造性(creativity)が高い。アーティストは、プロデューサーの創造性(creativity)に依存するので、報酬として印税を払います。この印税は、レコード・レーベルの取分からでなく、アーティストの取分から払います。相場は3~4%です。また、この印税は1枚目からもらう(record one)が一般的です。キャリアのあるプロデューサーは、印税の前払い(advance)をもらいます。キャリアの浅いプロデューサーは、印税ではなくて一括買取り(buyout)です。これは日本と同じですね。いずれにしても、ここで大事なのは、プロデューサーの印税は、アーティストの取分から払われるということです。つまり、アーティストの印税が10%だとしましょう。そこから3%がプロデューサーに支払われると、アーティストの取分は7%(=10%-3%)になります。
ここで大事なのは、アメリカではプロデューサーの立場が強く、アーティストの取分から印税を受け取るというビジネス・モデルが確立されていることです。これがキーポイントです。そして、このことがAMP Actの背景事情になります。
さて、サウンド・レコーディングの著作者に付与されている権利は、連邦著作権法第106条に規定されている4つです。すなわち、複製権、翻案権、頒布権、そして今日の本題となるデジタル音声送信権です。これは、衛星やインターネットを使って音楽を配信するときに働く権利です。ダウンロード配信やインタラクティブ型ストリーミング配信、あるいはインターネット・ラジオなどに対して権利が働きます。日本でもそうですね。原盤権の許諾を受けないと、無断で音楽配信することはできません。「勝手に他人のサウンド・レコーディングを使って音楽配信してはダメですよ」という権利なので、それほど難しくありません。
MMAについて、音楽作品の録音権に対して、包括的強制許諾制度を導入するという話をしました(第3章)。アメリカの著作権法は、サウンド・レコーディングの著作権、つまり原盤権に対しても一定の音楽配信に対して強制許諾制度を導入しています。アメリカでは、インターネット・ラジオのような非インタラクティブ型ストリーミング配信で音楽を流すときに、一定要件を満たせば、強制許諾制度を利用して、他人の原盤を配信できるんです。つまり、個々のレコード・レーベルの許諾を求めなくてもいい。これは面白い制度ですね。だから、アメリカではインターネット・ラジオがとても流行っています。
一番有名なサービスがPandora Radioです。他にもseriusXMやNPRなど、たくさんあって、アメリカ全土で3,000以上ものインターネット・ラジオの配信事業者があるそうです。私もアメリカに行ってリサーチしたのですが、ドライブ中や自宅にいる時でも、みんなインターネット・ラジオを聴いているんですよ。インターネット・ラジオだと、自分の好きなジャンルの音楽がずっと流れてくる。しかも、たくさんのチャンネルがあります。
昔はジャケットのクレジットを見ながら、この人がプロデューサーか、この人がギター弾いているんだとか、この人がエンジニアだったのか、といってレコードやCDを選んだ方もいらっしゃると思います。あるいはジャケットで選んでいた。それが楽しかったですよね。ところがいまは気分、年代、時間帯、ジャンルなどで選んでいく時代になりました。コンピュータがリスナーの嗜好を分析して「あなたはこれが好きでしょう?」と選んでくれます。その精度がとても高くて「お前、わかっているな」という曲をどんどん流してくれる。
レコード・レーベルにとっても、インターネット・ラジオはCDやダウンロード配信、サブスクリプション・サービスと競合しないんですよ。逆に良いなと思った曲は、もっと聴きたくなる。宣伝だと思ったほうが良い。だって、レコードをラジオで流しても、CDの売上は下がりません。むしろ売上は上がります。昔、ラジオで聴いて、気に入った曲を聴くためにレコードを買った人は多いはずです。テレビドラマや映画の主題歌として流れた曲を聴きたいからCDを買うわけです。だから、「一定の条件を満たせば、自由に使ってもらっていいよね。レコード・レーベルの主力商品と競合しないからね。でも、使用料だけは払ってもらうからね。」というのが、この強制許諾制度です。
非インタラクティブ型ストリーミング配信には2種類あります。1つはサイマル・キャスティング。これはラジオ局の番組を同時送信するものです。日本ではradikoがやっていますね。もう1つはウェブ・キャスティング。これは放送はやっていなくて、インターネット・ラジオだけです。いろんな曲をユーザーの好みに合わせて、ずっと音楽を配信するサービスです。日本ではdヒッツ、SMART USEN、うたパスといったサービスがあります。