SPECIAL
OUTLINE 概要
JAREC著作権セミナー「アメリカの音楽近代化法と今後の動向」第7章(全9章)
日 時:2020年2月21日(金)16:00~18:00
場 所:東放学園音響専門学校・渋谷校舎 3F3A1教室
講 師: 安藤 和宏氏/東洋大学法学部教授
内 容:1. 音楽近代化法の解説
2.日米における音楽著作権の相違と留意点
3.今後の動向について
SECTION.1 第7章
安藤:音楽近代化法のうち、AMP Actはそれほど大きな法改正ではありません。それでは「何が変わったの?」ということなんですけれども、2003年に強制許諾制度が導入されて、サウンド・エクスチェンジができました。しかし、2004年からすでにサウンド・エクスチェンジは主演実演家の指示に基づいて、プロデューサーとミキサー、サウンド・エンジニアに使用料を分配していたんです。2003年にサウンド・エクスチェンジが設立されて、翌年の2004年に始まっている実務慣行です。つまり、当初からそのような要望があったということです。
主演実演家が「私の取分から10%をプロデューサー、ミキサー、サウンド・エンジニアに支払ってくださいね」という指示書(Letter of Direction)を書いていたんです。それを受けたサウンド・エクスチェンジは「いいですよ。じゃあ、分配する人の住所と名前と振込口座を教えてくださいね」と答えていた。それで支払う。だって、アーティストの取分から支払うと言っているわけですから、問題はありません。
2004年から2018年までの14年間で、サウンド・エクスチェンジは主演実演家から受け取った2,000通の指示書に基づいて、プロデューサーたちに使用料を分配したそうです。つまり、2,000アルバムが指示書に基づいて、プロデューサーやミキサー、サウンド・エンジニアに使用料が分配されていたのです。さらに分配金のない指示書や分配してもお金が発生しない指示書も2,000件あったそうです。つまり、指示書は合計4,000件もあったということです。それだけ主演実演家は、プロデューサーやミキサー、サウンド・エンジニアに使用料を分けて良いと思っており、また業界慣習として確立されているという事実があった。「これまでずっとやってきた実務慣行だから、ここできちんと法律にしよう」ということなんですね。これがAMP Actです。
ここで、注意しなければならないのは、プロデューサーやミキサー、サウンド・エンジニアが使用料を分配してもらうのは、当然の権利ではないんです。あくまでも主演実演家が「私の取分から分けてあげるよ」という合意が必要なんです。
この分配金は創作に関与した人だけが使用料を受け取る資格があります。著作権法114条に「サウンド・レコーディングの制作過程において、創作的な寄与を行っていること」と要件が規定されています。したがって、マネージャーやプロモーターのように、創作に関与しない人は使用料をもらえません。さらに同条で「サウンド・レコーディングのプロデューサー、ミキサー、サウンド・エンジニアのいずれかであること」と資格要件をこの三者に限定しています。
CLASSICS Actにより、1995年11月1日よりも前に作成されたサウンド・レコーディングについても、プロデューサー等への使用料の分配が可能となりました。どういうことかというと、1995年11月1日に改正著作権法が施行されて、サウンド・レコーディングの権利者はデジタル音声送信権が行使できるようになった。つまり、その日より前に作成されたサウンド・レコーディングのクリエイティブ・スタッフは、そもそもインターネット放送にかかる使用料の配分についての話ができる状況にはなかったということです。これから制定される権利に基づいて、「使用料をどのように分配する?」といった話し合いが行われるわけがありません。「なに、夢みたいなことを言ってるの?」と返されておわりです。
そこでAMP Actは仕切り直しということで、「1995年11月1日よりも前に作成されたサウンド・レコーディングの配分に関しては、主演実演家と交渉して下さい」と言っています。でも、もう亡くなっていたり、連絡先がわからなかったりして、交渉できないこともあります。その場合には、一定の要件を満たせば2%もらえるということになっています。ただし、「最低でも4ヶ月は主演実演家を努力して探しなさい」とか「書面で肯定も否定もされなかった旨を証明しなさい」といった要件が規定されています。つまり、このAMP Actに通底している理論は、「主演実演家の承諾を得る」ということになります。なので、サウンド・エクスチェンジが主演実演家から異議申立書を受領した場合、サウンド・エクスチェンジはすぐにプロデューサーたちへの分配をやめなければなりません。
さて、ここからがJARECの事務局からいただいたお題、そしてみなさんが最も興味があることだと思いますが、この音楽近代化法からどういう示唆を受け、レコーディング・エンジニアの地位向上を目標とするJARECが、今後どういう方向に向かえば良いのか、というところを少しお話しします。
少し整理しましょう。まず、アメリカではレコーディングにおけるプロデューサーやミキサー、サウンド・エンジニアの創作的寄与に対して、正当な評価をすべきという共通認識があります。特にプロデューサーは音楽業界の中でも地位が高く、報酬という面でも、印税をもらっているという実態があります。また、その印税は主演実演家の取分から支払われています。
そして、2018年の法改正以前においても、一部のアーティストはプロデューサーやミキサー、サウンド・エンジニアの創作的な貢献に報いるために、サウンド・エクスチェンジへの指示書を提出し、彼らに使用料を分配するという実務慣行が確立されていました。このことも今回の法改正を実現させた要因です。したがって、AMP Actは契約に基づく実務慣行を法律に明記したものという見方ができます。何が言いたいのかというと、プロデューサーやミキサー、サウンド・エンジニアがいきなり「我々にも使用料をよこせ」と言ったわけではないということです。15年もの間、実務慣行になるまで事例を積み上げ、4,000件もの指示書がサウンド・エクスチェンジに届いている。ここまで、業界のコンセンサスを得られている状況になれば、法律に規定しても、誰も文句は言わないでしょう。
面白いことに、プロデューサーやミキサー、サウンド・エンジニアという言葉が、著作権法に載ったのも音楽近代化法が初めてです。音楽制作に携わる3つの職業が著作権法に明記されたというのは、大きな意義がある。非常に大きな一歩だと思います。
アメリカの著作権法では、サウンド・レコーディングの著作者に定義がありません。サウンド・レコーディングの創作過程において、創作に寄与したのであれば、著作者として認められます。著作隣接権制度がないので、別に実演家じゃなくても良いわけです。だから、プロデューサーやミキサー、サウンド・エンジニアに権利が認められやすいという特殊な事情もあります。
日本でも、最近ではDJが実演家として登録すれば、二次使用料や補償金の分配を受けられるし、ボーカロイドの初音ミクを使ったサウンドクリエイターも分配を受けることができます。ずいぶん実演家の境界が広がっていると思います。しかし、アメリカでは実演家の概念を広げるというアプローチでなくてもよいのです。プロデューサーやミキサー、サウンド・エンジニアのようにレコーディングに創作的に寄与すればいいわけです。ここが日本とアメリカの著作権制度の根本的な違いです。ここに注目して、今後の著作権制度のあり方を考えてみる必要があると思います。
川澄:1つ質問ですが、配られた資料を見ると、“ミキサー”と“サウンド・エンジニア”と2つありますが、この使い分けはどうなっているのでしょうか?
安藤:それは私も気になって、いろいろと報告書を調べましたが、全然書いてありませんでした。おそらく、あまり気にしていないような気がします。英語の音楽解説書を読んでも、そんなに厳密に使い分けているわけではないようです。私の考えですが、同じ仕事をミキサーと言ったり、サウンド・エンジニアと言ったりする。そこで、どちらか一方を明記してしまうと、もう片方は同じ仕事なのに分配金がもらえないのかという疑問が生じてしまう可能性があるので、とりあえず、録音の仕事をしている人を全部入れていたのではないかと思います。どちらの呼び方もあるので、両方入れておけば大丈夫みたいな感じで併記してあるのだと思います。
吉田:あまり言葉にこだわらないという感じですね?
安藤:そうですね。そういう仕事をしている人をひっくるめて、漏れのないように一般的な名称の両方を入れておいた方がいいという考えでしょうね。
深田:おそらく、僕の経験ですが“ミキサー”という言葉は、放送局の音声さんを指して呼んでいました。また、いわゆる音楽産業でレコーディングする人を“レコーディング・エンジニア”。PA、レコーディング現場であれば、メインのレコーディング・エンジニア以外で音に関わる人のことを称して“サウンド・エンジニア”と言っていると思います。