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JAREC著作隣接権勉強会「アメリカにおけるサウンド・エンジニアの権利、 レコード会社、音楽配信事業者、ヴェンチャーと日本」#2

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2024.10.24
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OUTLINE 概要

JAREC著作隣接権勉強会を全6回に分けて掲載いたします。<第2部>
日時:2024年3月21日(木)15:00~17:00
会場:東放学園音響専門学校 清水橋校舎2F 2S1教室
講師:榎本 幹朗 氏
内容:
・第1部 MMA/AMAで認められたプロデューサー / エンジニアの権利の実際
・第2部 SoundExchangeとメジャー・レーベルの関係
・第3部 日本における可能性 -SoundExchangeとAMAの事例を日本で活かすには-
・第4部 定額制音楽配信事業者のビジネス構造 -Spotifyに支払う余裕はあるのか?-
・第5部 サウンド・エンジニア系のヴェンチャー動向 -「第三の道」として、隆盛するクリエイターズ・エコノミーに焦点を当てたサウンド・エンジニア系のヴェンチャービジネスについて-
・質疑応答

SECTION.1 第2部 Sound Exchangeとメジャー・レーベルの関係

榎本 幹朗__
 次はSound Exchangeの話に移ります。ここがネット・ラジオと衛星ラジオから、楽曲使用料を徴収して、スタジオ・ミュージシャン、そしてプロデューサー、サウンド・エンジニアに分配しています。日本でもSound Exchangeみたいなものを作ればいいと思いますよね? そこで、Sound Exchangeがどんな存在なのか掴んでおいた方がいいと思います。
 Sound Exchangeは、先ほど申し上げたようにRIAA(Recording Industry Association of America、アメリカレコード協会)の一部でした。しかし、アメリカはネット・ラジオがあまりにもたくさんあります。しかも、1局の売り上げは少ない。でも、きちんと権利処理しないといけないから、そういう部署を作ろうと考えて作った。ところが、気がついたら、非常に大きな存在になっていた。ついには一時期、iTunesよりも売り上げが上になってしまって、しかもレーベルのコントロールがあまり効かない状態になった。
 すごくレーベルは困りました。何が起こったのかというとネット・ラジオのPandora Radioをご存じでしょうか? いまSpotifyとApple Musicを使うと、自分の好きなアーティストやジャンルなどからAIが曲を選んで、どんどん流してくれますよね。その仕組みを最初に作ったのが、Pandora Radioのティム・ウェスターグレン(Tim Westergren)という人です。彼はサウンド・プロデューサーでもあるので、仲間のミュージシャンを100人ぐらい集めて、ミュージシャンの耳で分析した約10万曲をデータベースに入れて「この曲が好きなら、これも好きでしょう?」と、自分の好きな曲やアーティストの名前を入れた瞬間に、自分の好みに合う音楽がどんどん紹介される。そんな魔法のようなラジオができた。今となっては当たり前の機能ですが、それができた時は、ものすごい反響がありました。
 僕も2005年にYouTubeが出てきて、これは世の中が変わるなと思った。まだ、携帯電話の時代だったのですが、YouTubeが携帯で見られるようになったら、着うたもiTunesも全部無くなるなと思いました。そうなったら、どうなってしまうだろうと思っていたら、Pandora Radioが出てきた。Pandora Radioの売り上げは広告で使用料をSound Exchangeに払って、その使用料の半分をミュージシャン側に渡す。広告収入だけだとちょっと弱いかな、という気もしましたが、多分この方向に世の中は行くなと思いました。

 配信というものは日本では著作権法上、インタラクティブ(ダウンロードや音楽サブスクリプション)と非インタラクティブ(ネット・ラジオ/衛星ラジオ)と分類されます。今のPandoraはサブスクもやっているのですが、当時のPandora Radioは、好きな曲を入れるとそれに似た曲がどんどん掛かっていくサービスです。だから、ラジオとも違います。インタラクティブと非インタラクティブの中間みたいなサービスです。
 ですが、Sound Exchangeでは、ラジオ局は1ステーションあたり基本料金プラス再生数に対して支払う。そういう仕組みなので、Pandora Radioは自分の好きな曲を入れると、その曲の名前でステーションが無限に生成される。Sound Exchangeから見ると、ラジオ局が無限にあるのと一緒なんですね。もしも、1つ1つに基本料金を払えと言われたら絶対倒産します。
 Pandora Radio創業者のティムも、このままじゃいけないと思って、何をしたかというと、当時のPandora Radioの利用者は、全米で350万人ぐらい、ネット・ラジオの使用者が850万人ぐらい。Pandora Radioは全米のネット・ラジオと組んで、2007年6月26日に“Day of Silence”というストライキに近い行動を起します。その日、ネット・ラジオは完全に停止しました。リスナーはびっくりして「何が起こっているの?」と疑問が沸いてくる。そこで利用者にこんなメールが届きます。
 「このままだと、ネット・ラジオはアメリカから消えます。それはSound Exchangeがとんでもない使用料をふっかけてきているからです。ぜひ抗議してください。地元の議員の方々へメール、あるいはFAXでネット・ラジオを救ってくださいと送ってください。」とお願いしました。

それでこの写真の様にFAXや手紙の山が議員に送られました。アメリカ議会のメールサーバーも、850万人が抗議のメールを送っていたからパンクしてしまいました。議員も一体何が起きているのか、となりますよね。
 アーティストもPandora Radioのおかげで作品が売れるという現象が起きていました。Pandora Radioは、好みに合わせた曲をかけてくれるから、AmazonやiTunesで新しい音楽を買うというユーザーがすごくいたんですね。だから、全国のアーティスト7,000人、その他、マネージャーも賛同したし、ネット・ラジオを救おうじゃないか、と賛同した議員も120人を超え、インターネット・ラジオ平等法案ができ、Sound Exchangeは追い込まれてしまいました。

 そこでPandora Radio創業者ティムがSound Exchangeに「ホワイトハウスの前で公開討論しようじゃないか」とふっかけた。これだけ大騒ぎになっていたので、Sound Exchangeは断れなかった。

そこでこの写真のように、ネット・ラジオの経営者、リスナーの代表、レコード会社の人、Sound Exchangeの人が参加して、テレビ・カメラも入りました。ぶっちゃけ、さらし者ですよね(笑)。
 この状態でSound Exchangeが折れてPandora Radioは、ネット・ラジオ扱いになりました。ただし、レーベルは「Pandora Radioをネット・ラジオとして認めるのはまずいんじゃないか」と思っていたわけです。iTunesで楽曲の売り上げは確かに上がっていましたが、Pandora Radioだけでいっぱい音楽を聴かれたら音楽にお金を払わずに済むので、これだとラジオの域を超えているし、楽曲の宣伝でもない。Sound Exchangeも「すでに曲を聴いて楽しんでいるじゃないか。Pandora Radioはダウンロード配信とほとんど同じではないか」と言いました。実はダウンロード配信料金の取り決めもSound Exchangeにあったので、それもかなり高額な楽曲使用料だったのですが、それを適用しましょうとなったのですが、これも音楽ファンの猛烈なデモ活動に折れてPandora Radioのようなサービスもネット・ラジオ扱いになりました。
 ということで、Pandora Radioが完全勝利しましたが、その後は何となく想像できると思います。この事件はレコード会社にとって屈辱でした。僕も音楽会社で働いていたので、アンチ・メジャーレーベルでは決してないのですが、この結果、起こったことはPandora Radioはアメリカで大成功したのだから、今度は世界に進出しようとなりました。

 ところがSound Exchangeみたいな団体があったのはアメリカだけ。日本は頑張ってradiko(ラジコ)を作りましたが、Sound Exchangeみたいな団体はアメリカ以外にはない。国外進出しようと思ったら、やはりメジャー・レーベルと契約をしっかりと結ばないとサービスにできません。
 Pandora Radioは、アメリカで裁判に勝って潰されずに生き残ることはできました。しかし、グローバル・メジャーを怒らせたので、彼らとグローバルで契約できなくなった。それで海外ではPandora Radioを知らないという状態になってしまいました。その後、衛星ラジオのSirius MXに買収され、Pandora Radioも世界で音楽サブスクを始められることになりました。このタイミングでティム・ウェスターグレン他、創業者達はPandora Radioを辞めました。ただ辞めたおかげで、話が進みやすくなって、Pandora Radioもレーベルと契約して、ネット・ラジオも継続でき、さらに音楽サブスクをSpotifyと同じように始めることになりました。
 その後、2~3年前までは、アメリカではPandora Radioのブランド認知度が一番高かった。2番目にSpotify、3番目にApple Musicみたいな感じでした。しかし、いまはSpotifyがどんどん上がってきているので、Pandora Radioのブランド力は弱くなっています。
 また、イギリスにLast.fmというラジオ局がありまして、これもPandora Radioと同じようなサービスで、同じく約20年前にAIを使った先駆的な音楽配信でした。Pandora RadioとLast.fmは、ほぼ同時期に発明されました。しかし、Last.fmの名前を聞いたことは無いと思います。アメリカの放送ネットワークCBSが巨額で買収した後、何を思ったかサービスを停止してしまいました。いまもサイト自体は残っているのですが音楽は流れなくなり死に体になっています。Sound Exchangeは、現時点でSirius XMが主な客になっており、衛星ラジオの月額使用料を分配しています。事実上そういう団体になっています。

 こういう事例で、レーベルが反対しているとか賛成しているとかと聞くと、レーベルは保守的に見えるかもしれませんが、Sound Exchangeはネット・ラジオをきちんとやっていこうという事で産まれています。ほぼ同時期にiTunes Music Storeでは、ユニバーサルとワーナーのCEOが「合法的な音楽配信を育てないと」ということで積極的に協力して、Appleはメジャー・レーベルとしっかりと契約を結んで、音楽配信をきちんと立ち上げています。
 音楽業界としては、2001年にメジャー・レーベルが一堂に集まって、音楽サブスクリプションを立ち上げます。サブスクってSpotifyが初めてではありません。正確に言うと、業界的にはSpotifyはやり直したという感じです。
 さて、2001年にレーベルが音楽サブスクを始めた理由は、当時席巻していたNapsterによって音楽ファイル共有が一般的になって、音楽でお金を得ることができなくなると危惧したからです。そこで「月額を決めて聴き放題にして稼いでいくしかない」ということでサブスクを始めました。ただ、このサブスクのアプリがものすごく使いにくく、数年前まで日本でもそうだったように、楽曲が全然集まりませんでした。それがダメになったところでiTunes Music Storeが始まります。

 iTunes Music Storeでは、外部のデジタル・サービス・プロバイダーにあたるAppleが、レーベルとしっかりと話をまとめて音楽配信を始めたので、ある程度うまくいったんですね。そうした前例があって、2008年頃にスウェーデンのダニエル・エク(Daniel Ek)という25歳だった彼がSpotifyを作りました。その時「音楽を使わせてください」と、スウェーデンのソニーやユニバーサルに行ったら、門前払いされます。なぜかというと「基本無料」と言うものだから「それはあり得ない」と。ただiTunesはスウェーデンで、まったくうまくいっていなかったので、UMG(ユニバーサル・ミュージック・グループ)のスウェーデン担当プレジデント、ペル・スンディン(Per Sundin)と当時ヨーロッパのUMGを統括していたルシアン・グレンジ(Sir Lucian Grainge、現UMG CEO)とが、「ヨーロッパでとりあえずやってみようじゃないか」と楽曲の使用を許諾したという経緯があります。だからメジャー・レーベルは、何でも反対というよりも、積極的に動いてくることもあるということを、わかっておいていただければと思います。

 これはポッドキャストの市場規模のチャートですが、ご覧いただくと分かるように、日本でネット・ラジオの法案ができるかといったら多分できません。とても規模が小さいからです。しかも、radikoの立ち上げで、楽曲使用についてだいたい話がついています。それで回っているので、そこで著作権法を変えるという事は、なかなか難しいと思っています。
 加えてradikoは、オンデマンドの番組配信を音楽付きで頑張ってやろうとしています。いまは過去1週間以内に放送した番組を聞けるようになっていますが、それをいつでも聞けるようにしたい、あるいはポッドキャストを始めたい。
 でも、ポッドキャストは基本的に音楽を流せません。まだレーベルと話がついていませんが、そういうことをやりたい。ポッドキャストは、日本では全然流行っていませんが、アメリカでは商売になっています。この図は世界のポッドキャストの市場価格を示しているのですが、2023年は258.5億ドル。このほとんどがアメリカの数字です。それが、世界に広まって4年後には662.4億ドル(約1兆円)くらいになると予想されています。
 補足ですが、SpotifyとApple Musicは、3~4年前にポッドキャスト・バブルみたいなことが起こって、人気のポッドキャスト・プロダクションを50億円や100億円を掛けて買収合戦を行っていました。理由は図のように規模が拡大していくという見立てがあるからです。YouTubeをGoogleが買収したときは、2,000億円ぐらいでした。「なぜそんなにお金を出して買収するの?」と当時の人たちはびっくりした。でも、Googleは次のテレビはこれだと思ったわけです。そして、やはりそうなった。いま「ラジオの次はポッドキャストだ」となっています。
 ラジオはもう古いと思われるかもしれませんが、耳で聴くメディアはずっと残ると私は思います。音楽を聴くという、耳に向かったコンテンツは、歴史的に最初は音楽がキラーコンテンツになる。だんだんトークが増えてくる。トークが増えると、音楽番組からスポーツ、ニュース、バラエティ番組などバラエティ化していく。そうして、市場規模はどんどん大きくなる。それが、ポッドキャスト業界です。

 ポッドキャストは現在、ダウンロード主体でストリーミング主体でないので、まだ完全なデジタル・トランスフォーメーションを起こしていないので、今後、市場規模が大きく増加するのではないかと、GoogleやApple、Spotifyなどが動いています。ただし、去年少し流れが変わりまして、Spotifyはポッドキャストよりもオーディオ・ブックに投資するようになりました。その方がコスパはいいし、本の方が面白いでしょうと。実は、僕の本もオーディオ・ブック化しようという提案がありました。AIを使ったら安くできるのではないかと思って見積もったら、本が分厚いものだから原価が300万円も掛かると言われまして(笑)。僕の本にもそういう話が来るくらい、オーディオ・ブックは裏で注目が集まってきています。


ーーー> 第3部へ続きます。